数日前のブロクでアップンの水牛が売られてしまったことを書いた。

その後の会話でもっと厳しい現実が明らかになった。

アップンの家は代々の農家で、約30ライの田んぼを持っていた。この世のものとは思えないほど美しい田んぼだった。

お父さんの治療費のために全部売ってしまったらしい。

ライというのは、タイの土地の広さを表す単位で、1ライは1,600m2(100m x 16m)つまり1.6反、485坪だ。日本の宅地だったら、10軒の家が立つ。

すなわち、30ライは48,000m2。158000坪。30ライあれは、貧しいながらも、専業農家として生活していくことが出来た。

それなのに、土地を売って得た現金は、僅か450,000THB。円安の日本円に換算しても、155万円にしかならなかった。1ライ当たりでは、なんと農地は安いんだろう。

農家が農地を売るのということは何を意味するかは誰でも想像できる。

ひとごとながら、悔しすぎる。こんな話はタイではよく聞くが、一緒にウボンラチャタニーを旅した女性が不幸な境遇に落ちてゆくのを見るのは辛い。

「どうして、田んぼを売ってしまったんだ?」と聞くと、

「田んぼを売らなければ、お父さんの病気を治すお金なんてなかったの。」とアップンは言った。

アップンが言うには、農業の主体者のお父さんは病気でもう働けなくなり、重度の糖尿病のお母さん一人では、とても耕せる広さではなかった。がんという病気の父がもう助からないことは分かっていても、とてもほっておくことなんか出来ない。できるだけの治療をしてあげたいと思った。そして、そのための治療費を出すには田んぼを売る以外には選択肢はなかったということだ。

ピサヌロークというタイ中北部の農村からバンコクに出て来たアンという女も、

「昔うちには35ライの田んぼがあったわ。あの頃は幸せだった。でもお金が必要になって、5ライを残して田んぼを売ってしまった。5ライだと家族が食べる分のお米しか採れないから、私はバンコクに働きに出ることになったのよ。」と言っていた。1か月まったく休日なしの仕事をして9000B。アパート代と食費を抜くと、2000Bを送金するのがやっとだ。

「家に少しでも多く送金してあげたいから、たとえ1000Bでもいいから、私の身体を買ってくれる人を探している。」と言っていた。

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アムナット・チャルーン県のアップンの家。

 

アップンはついにバンコクに出て働くことに決めた。病気の父を残して。

「ソンクランが終わったら、クルンテープ(バンコクのこと)に行って仕事を探します。住むところがないので、その間あなたの部屋に泊めてくれませんか?」

エロジジイがよだれを垂らすようなオファーだが、僕はそれを断った。仮にすぐに仕事が見つかったとしても、給料が入るのは働き出して一ヶ月後だ。それまで、無一文の女をどうやって面倒を見ればいいというのだ。その間のお金の問題だけなら、無理すれば何とかならないわけではないが、お金の問題だけでは済まないのは明白だから。

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僕もバンコクで仕事を見つけなければならない。

仕事がなければ、アップンやアンと同じようにお金がないことによって不幸への階段を歩むことになる。

グローバル化がなければ、彼らはお金なんかなくても
幸せに暮らして行けたのに。。。