アップンの所持金が遂に20Bになってしまった。
ユニフォームは会社が支給してくれなくて、買わなければいけない。それが、470B。タイでは、工場だろうが、病院だろうが、カラオケだろうが、ゴーゴーバーだろうが、大抵ユニフォームは従業員に強制的に買わせるシステムになっている。ほとんどのユニフォームは比較的しっかりした作りになっていて、ロゴの刺繍やプリントが入っているから市中の服よりも高い。470Bというのは多分安い方で、ナコンラチャシマーのバンコク病院で働いている友人は 2700Bの制服を買わされた。7000Bの給料で2700Bだ。
このように、タイは労働者に対しては優しくない。ちなみに、7000Bという金額は、ジンラック首相が実施した最低賃金300B/日の法律よりも低い。
アップンはユニフォームのことは頭になかった。更に、5月末には貰えると思っていた初月給が、6月の下旬になるそうである。つまり、あと2ヶ月近く文無しということになる。
「私の田舎(アムナートチャルーン)では、困ったときはみんなで助け合った。でも、バンコクで友達にお金を少しだけ借りようとしても誰も貸してくれない。姉もお父さんの入院費の仕送りでもうお金はないみたい。私、あなたしか頼める人がいない。申し訳ないけど、お金貸してくれませんか?毎月少しづつ絶対返します。」と言ってきた。

アップンの実家
アップンが僕に頼んできたのは、500Bだった。一日50Bの一食でも10日しか持たないので無理に決まっているが、頼んできたのは500。6月下旬までの生活費ということになると、多分最低でも8000Bもしかすると14000Bくらいは必要だろう。それでも、親に一銭も送ることはできない。
バンコクに飛び出してきた時には、彼女にはこうなることは見えていなかったものと思われる。しかし、僕には分かっていた。夜の街で働く女達から嫌というほど聞いてきた話だ。
実はこれまでに6000B貸しているので、新たに8000B貸すとすると、14000Bということになり、毎月2,000返したとしても7ヶ月かかる。多分、彼女には返せない金額だと思う。
そのうちにお父さんの病気が深刻なことになって、さらにお金が要るようになると、アップンの一家がいよいよ破産状態となる。残された道は、身体を売ることだけだ。まずは一番安心できて借金もある僕に売ろうとするに違いない。
タイでは、こんな話が何十年も前から現在に至るまで、絶えることなく続いているが、アップンにはその道を歩んで欲しくない。
いきなり8,000Bも送るのは、逆にアップンを苦しめることになるし、僕もお金に余裕が無いので、まずは彼女の要求通り500 + αを 送ってあげるつもりだ。
本当は今日送るつもりで、シーロムのバンコク銀行本店に行ってみたが、今日はメーデーですべての銀行が休み。バンコク銀行のカードが折れてしまったので、銀行が開いている時にカードを作り直して貰って、入金しないことには何にもできないので、送金は明日になってしまった。
まだ20Bあるから、今夜は水だけだけど、明日の朝食は食べられる。

今年の街のお祭りで先頭を歩くアップン。

正装した写真は大人びて見えるけれど、まだあどけない18歳。
誰か助けてあげられる人はいないのか。
