脳死状態なのに、人々は「意識不明の重体」 という認識から抜け出せず、2週間のICUで人工呼吸を続けた。

心臓が動き、呼吸をし、体温があって血色が良ければ、誰だって「未だ生きている」と思いたい。

それは、国や民族や宗教に依らず、何処も同じだ。

でも、このICUでも2週間にいったいどんな意味があっただろう。

「脳死=人の死」と言うのは、日本でもに臓器提供の意思を示していたという証拠があり、実際に臓器を摘出する場合に限る。

その場合でも、脳死判定は複数の医師で行い、判断基準も細かく決められている。

つまり、脳死だからといって、勝手に人工心肺装置を外すことは難しいそうだ。

チェンマイの親族の娘の場合、この臓器提供の意思が示されていたことから、親族の同意を得て、昨日臓器が摘出された後、人工心肺装置が外された。

そして、今日か明日、村で葬式が行われる。

そのために、マシュマロちゃんとおばあちゃんは、今朝妹さん夫婦と一緒にチェンマイの山奥の部落に行ってしまった。

今回は、僕と七海ちゃんは家で留守番となった。

僕らが行っても、人が多く、居場所も寝場所も無く、病気が伝染されるだけだから。

それに、今期準備でやることが山積なので、僕が監督に行かないとサボるし、何かが足らなくなった時に買ってこれないから。

ただ、住込み家族の一家族が夜は僕の家で寝泊まりして、子守を手伝ってくれる。

多分、2泊3日か3泊4日くらいだろう。

モン族は古来から土葬する習慣があるので、彼女の場合も火葬しないかも知れない。

亡骸に魂が宿っている、あるいは時々戻って来ると思っているようで、お墓の前で手を合わせ、語りかけることが多い。 

日本でも、仏教徒がお墓や仏壇に納められた火葬後のお骨の一部に手を合わせるのと同じだ。