「ソンクランが終わったら、クルンテープ(バンコクのこと)に行って仕事を探します。」とアップンは言った。
もう長くは生きられない父のことを思い、僕はもう少し待てと言ったが、先ほどLINE でアップンは
「いま私バンコク行きのバスの中です。これからバンコクに行くの。」と伝えてきた。
いくら持っているかと聞けば、2900Bという。
ホテルのあてもなければ、仕事のあてもない。一人でバンコクには来たこともなく、とてもスムーズにスタートが切れるとは思えない。電車の乗り方だって知らないのだ。
なんという無茶なことをするんだろう。多くの売春婦と同じ道を歩もうとしているのか?
お金を貸すと言っても、「心配ない、大丈夫」と言って聞かない。
「バスターミナルのモチットの近くに一泊250Bのホテルがあるらしいから、そこに泊まる」と言っている。一泊250Bのホテルなんて、僕には想像できないよ。バックパッカーでも敬遠するダニだらけの2段ベッドがたくさん置いてある集合部屋だろうか。それでも、宿代と食費と交通費を考えると、1週間でお金はなくなる。
アップンは本当は僕の部屋に泊めてもらいたかったんだが、そういうわけにも行かないので僕は断ってしまった。諦めて、もう少し様子を見るのかと思ったら、本当にソンクランが終わった翌日にバスに乗ってしまった。
職探しのあてとしては、僕は知らないけど有名らしい化粧品メーカーの売り子2件と、それがダメならニコンの工場の受付嬢に応募すると言っている。だけど、採用されるかどうかは全くの白紙だ。

「両親にはちゃんと話したのか?」
「うん」
「それで両親は何と言った?」
「ずっと泣いてしまって何も言わなかった。でも、私はもう家には居られないの。分かる? 仕事もなくてお金もないから家には居られないの。バンコクに行って働いて両親を助けたいの。パタヤで働いている姉と私が頑張れば、なんとかなると思うの。」
流石にパタヤには行くたくないらしい。
「じゃあオーストラリアの彼には話したのか?」
「うん。バンコクで身体を売るつもりか?と言われたわ。でも、そんなこと私絶対しない。」
「で、彼はお金をくれたか?」
「彼はお父さんががんで病院に行くときも、なんにもしてくれなかった。それどころか、前にくれた3,000Bを返せと言って来たわ。あの人の言うことは全部うそ。私は、もう彼には絶対会いたくない。」
外国人との結婚だけが起死回生の道と思ったのに、ろくでもない男だった。結婚前に気づいて良かった。
田舎の貧しいタイの女は、大人になると親を助けることに一生をかける。宗教の影響も大きいのかもしれないが、これまで育ててくれた親に対してとても(とてもなんて言葉じゃたりないくらい)感謝していて、二十歳位になったら今度は親のためにせっせと働く。心の底からそうしたいと思う。
いまでもバンコクの夜の女の大半はその口だ。
自分は最低限の生活をして、残りのすべてを親に送るのだ。社会保障が未発達のタイでは、働き盛りを過ぎた親は子供に世話をしてもらう以外にないという事情もある。それがいいのか悪いのかは別として、日本の子供達に見せてやりたい。
それにしても、
こうなったら助けてあげない訳にはいかない。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。

