タイはエイズの先進国だ。
一般には日本は先進国でタイが発展途上国ということになるが、ことエイズに関しては、日本の方が後進国だ。国を滅ぼす勢いだったエイズを啓蒙活動によって克服したという点において、タイはおそらく世界で最も成功した国だ。15年前の新規感染者が14万人であったが、その後に減少に転じ、2004年には2万人を切った。
とはいえ、エイズは今もタイ人にとっても観光客にとっても頭の痛い悩みの種。そこで、タイのエイズについてまとめてみた。
参考資料は、
タイのエイズ:最近の傾向 九州大学健康科学センター 山本和彦
タイのエイズの歴史
初期
タイにエイズが入ったのは、意外と遅かった。初のAIDS診断者は1984年ということで、特に遅くも早くもないが、1985年から1987年にかけ てバンコクの静注薬物乱用者の血液を調べたところ、感染者は見つからなかった。1989年5月まで、売春婦の HIV 陽性率は1%以下のままで推移した。北米や欧州、アフリカと異なり、80年代は静かに推移し、感染爆発は起こらなかった。
感染爆発
当時バンコクには多くの静注薬物乱用者がいて、HIV感染爆発は例によって、まず静注薬物乱用者から広まった。
バンコクの静注薬物乱用者の感染率の推移
- 1987年末に1%
- 1988年3月15%
- 1988年末に43%
これを追うように、徴兵制のタイ軍隊の新兵(軍隊に入るときに必ず検査された)は、
- 1989年11月 0.5%
- 1991年5月 2.9%
当時、タイの男子が初体験する場所は、多くの場合、売春婦のいる「置屋」だった。新兵は入隊時に必ずHIV検査をするので、新兵の感染率の増加は、一般人のHIV感染者の動向を見る良い指標となる。
タイ北部では特に感染爆発が進行し、1989年8月、チェンマイの 売春婦の実に36.5%が HIV 陽性と判明。1990年11月にタイ北部で召集された新兵の HIV 陽性率が、ついに7%に達した。一般人への感染爆発である。
100%コンド-ム・プログラム
危機感を募らせたタイ政府は、1989年11月にコンド-ム・キャンペ-ンを 試験的に開始した。
- コンド-ムを使用する売春を事実上容認し、コンド-ムを使用しない売春行為を警察が取り締まる
- 売買春時のコンド-ム使用を義務づける政府がコンド-ムを確保し、無料で配布する(1992年に4500万個のコンド-ムが配布された)
- マス・メディ アを用いたセ-フセックス・キャンペ-ンを行う
タクシン政権は、1991年8月、これを国家プロジェク トに格上げ。「100%コンド-ム・プログラム」と称する、史上空前の大規模なコンド-ム・キャンペ-ンが始まった。学校では、小学生にも「セックスのときにはコンドーム」と言い聞かせた。笑い話だが、16歳で初体験してまもなく妊娠、17歳で出産したある女性に聞いてみたところ、「コンドームはエイズを防ぐためのもので、コンドームをしないと子供が出来るとは知らなかった」そうだ。
80年代、置屋の女性たちは、性交渉一回の収入が極めてすくなかったため、コンドームを買っていたら利益が出ない状況であったが、無料配布のコンドームを使用できるようになり、1995年には5年前に殆どゼロだった置屋でのコンドーム使用率が90%以上になった。現在は限りなく100%に近い数字になっている。
成功の背景
タイでは、1960年以降 売春行為が違法となったが、1981-1982年に精力的に売春の取り締まりを行ったにもかかわらず効果は見られなかった。そこで、政府は売春行為を根絶することを断念し、売春宿やレストラン、バ-、マッサ-ジ・パ-ラ-で働くセックスワーカー を把握し、売春行為 を管理する方針に転換した。セ- フセックスを履行しない売春組織を摘発し、セ-フセックス以外、顧客の選択肢がない状態にした。この体制のために、セックスワーカーや性産業施設の協力も得られ、プログラムは大成功を収めた。
また、すべての感染者に対して、無償で治療が受けられるようにした。
こうした政策は今でも続いており、カラオケ・ゴーゴーバーを含めた性産業施設には、セックスワーカーに原則3ヶ月に一回以上のHIV検査報告させることを義務付けており、これを怠ると摘発されるが、ちゃんと報告していれば(おそらくは警察への一定の賄賂も必要と想像される)摘発されないという構図ができている。外国人相手のお店では、新人には毎月の検査を義務付けているところも多い。HIV陽性となれば即クビであるので、HIVキャリアーはほとんどいない(ただし、3ヶ月の検査間隔の場合、ブラックウィンドウも含めて、半年間程度のリスクがある)。そのような場所ではコンドーム使用率がほぼ100%であることもあり、そこで感染するリスクは高くない。しかし、街には管理されていない個人営業のセックスワーカーがたくさんいる。店をクビにされた感染者はおそらく路上で商売を続けるので、そこは文字通り大変危険な非管理区域であるので注意されたい。
現在の状況
10年前には田舎にたくさん居たAIDS患者は、すでに「みんな死んじゃった」そうだが、エイズという病気に対する恐怖は、タイ国民の心に深く刻まれている。
現在、HIV抗体検査をいけていないタイ国民はほとんどいない。検査率が数%の日本と比較して、これは驚くべきことだと思う。ほとんど何処の病院でも検査でき、一回の検査費用は、200-800Bくらいである。
2012年のタイにおけるHIV感染率(国連合同エイズ計画(UNAIDS)の報告)
- 成人感染率 1.2%
- セックスワーカー 0%もしくはデータなし
- ホモ(男性) 20%
- 静注薬物乱用者 21.9%
飛行機の中でとなりに座った助産婦さん(エイズ関連学会に参加した帰り)の話によれば、妊婦の感染率は1%よりずっと小さい数字で、非常に稀だそうだ。
現在、新規感染者の8割がMSM(Men who have sex with men)だそうだ。MSMは非常に危険であることがわかる。これは日本でも同じ。
