七海ちゃんの子守りで、童謡の動画をこの頃良く見る。
そして驚いたことに、約60年前に覚えた童謡を殆ど完全に覚えていた。
憶えている童謡の数は、100曲は下らない。
メロディだけじゃなく、歌詞までほぼ全部憶えている。
更に驚くべきは、昔意味がわからないまま発音のみ覚えた歌詞は、未だに意味が分からないまま憶えている。
典型的なのは、すいずいずっころばし。
今の子供たちもこの歌を知っているのだろうか?
念の為、歌詞を拾って書くと、
ずいずいずっころばし
ごまみそずい
茶壺に追われて
とっぴんしゃん
抜けたら、どんどこしょ
俵のねずみが
米食ってちゅう、
ちゅうちゅうちゅう
おっとさんがよんでも、
おっかさんがよんでも、
行きっこなしよ
井戸のまわりで、
お茶碗欠いたのだぁれ
となる。
「ずいずいずっころばし」って何?
「茶壺に追われて」は丸で意味不明
「トッピンシャンぬけたら ドンドコショ」何が抜けてどうなった???
こんな感じなので、気になって調べてみたら、何と子供が謳うには、全く相応しくないエロ歌だった。誰も意味を教えてくれなかった理由だ。
以下、https://jbpress.ismedia.jp/にあった説明を抜き出した。
「ずいずい」は「ついつい」?が濁音になったもので「「つ7い」はもともと「つき(突)」であり、「ずいずい」は「たんたんたぬき」「こんこんきつね」のような「ずっころばし」にかかる枕詞。
「つい」から「ずい」へと「二拍+二拍=四拍」の韻律が、重くて大きい音感へと変化したたことで、同じ音の語句を引き出し、中心的な語句を強く引き立たせている。
「ずいころばし」の原形は「ついころばし」は「ころぶ」、「ころばし」という動詞を含み、「ころぶ」とは芸者などの女が、密かに春をひさぐことを意味し、江戸時代の川柳や戯作に多く表現され「茶屋の二階で芸者をころばし」などのように使われた。
「ずいずいずっころばし」とは、「春をひさぐ婦女子を突いて、突いて、突いた」という意がある。
「胡麻味噌」(こまみそ)は「こまいしょ」から転じたもので、マイ(木舞)は壁の下地にする木舞を組む木舞職人のことで、この職人は「こまいかき」とも呼ばれた。
「こまいかき」は指の使い方が巧みで、その練達した指の働きが探宮、気をいかせることを連想させる。
川柳で「女房を稽古所にするこまいかき」とあり、巧みな指の動きで秘部を弄り、宮殿内部にある秘密のツボを突くことを「木舞い搔く(こまいかく)」という言葉で表現した。
また、「こまいしょ」とは「こまいしよう」という、これから性戯を愉しみませんかという誘いの意でもある。
茶壺に追われて
中世(鎌倉、室町、安土桃山時代)から近世(江戸時代)の日本語で女陰のことを「ツビ」といい、その母音交代により生じたのが「つぼ」で、「つぼやき(壷焼)」「つぼわり(壷割)」「つぼふり(壷振)」は男女和合を意味し、「たこつぼ(蛸壺)」は女陰(玉門)が名器であることを指す。
「壷が泉を湛(たた)える蔕(へた)は相模が下女」など隠喩として表現された。
「茶壷」は女陰、コツボ(子壷)は子宮を指す。やがて短縮され「茶」が女性器そのものをあらわす秘語となり、毛の生えていない女陰を「お茶碗」といった。
「茶壷に追われて」の意は、「遊女が勢い激しくイチモツを求める」ことをあらわし、性戯の主導権を握るさまを連想させる。
いやあ、知らなかったぜ。
知っていたら、もっと楽しく歌って遊んだのに。
そう言えば、この歌は、手で穴を作って、そこに指を刺す動作をして歌った。
それって、チンコをマンコに入れる動作を表していたんだ、きっと。
