早期退職して一財産を築こうと、独りタイに乗り込んで来て3年。

理由もなく上手くいくとばかり思っていた事業は軌道に乗らず、一財産を築くどころか、大切な老後資金のかなりの部分を失ってしまった。

しかし、僕は人生の財産を失ったとは感じていない。

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数学者で大道芸人である ピーター・フランクルさんに関する記事「人生は夕方から楽しくなる」を読んでいたら、こんなことが書かれていた。

「物やお金ではなく、本当に人生を豊かにしてくれるもの。それが財産−−」

「財産になるのは頭と心だけ」

『財産は頭と心にある』

これらはピーターさんの両親からの言葉だという。

その記事によると、

「両親はユダヤ人医師。父は第二次世界大戦中、ハンガリー国内のユダヤ人強制収容所に入れられ、ナチスに銃殺されかかった。母の一家はポーランド・アウシュビッツの収容所に送られ、母以外の家族は全員、ガス室で殺された。
九死に一生を得た両親は戦後、医大で出会い結婚。姉とピーターさんの2人の子をもうけた。1人1個の荷物で収容所に送られた経験のためだろう、子どもたちに「財産になるのは頭と心だけ」と言い聞かせた。父は家族にものを買い与えるのではなく、旅行に連れ出し、思い出を残してくれた。」

なるほど、と心を打たれた。

お金という財産はあるに越したことはないが、それが人生の目的や真の財産であることはないだろう。

もしもゆっくり死んでいくとしたら、自分の人生を振り返って、溜まったお金を勘定する人など居まい。

頭と心に蓄積された多くの感動や経験、これこそが人生の財産であることに完全に同意する。

そうだとすれば、タイに来て3年、僕は「財産」を随分貯めることが出来たと思う。

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