アンコールワットより古く、アンコールワットに類似点が多く、アンコールワットの原型とされる非常に重要な遺跡がタイのコラートにある。アンコールワットと比べて規模はずっと小さく、観光客はまばらだが、クメール文化を語る上で世界的に有数の遺跡。それが、ピマーイだ。
昨年、このピマーイ遺跡とその周辺のマイナーな遺跡、そこにある「まぐさ石」という素晴らしい石を見にコラートを旅してきた。その紀行記は別の機会に譲るとして、ここでは自分が写した写真のいくつかを紹介します。
(日本に居ると、このブログのテーマで書くことがあまりないので、過去遺産をちょっとずつつ小出しにしますね)
写真の前に、まずは簡単に遺跡についてのお勉強です。
ピマーイ遺跡
ピマーイ遺跡は、バンコクから高速バスで3時間あまりのナコンラチャシマ県(通称コラート)の県庁所在地ナコンラチャシマ市内中心部から車で1時間ほどいった所にある。このピマーイ遺跡は、古代のピマーイ市内のほぼ中心に位置し、幅655メートル、長さ1,033メートルの長方形に作られている。非常に興味深い古代のクメール建築の遺跡であることから、国際的な史跡として保護され、壮大な修復と修繕がされ、今は当時の原型を見ることができるが、よく見るとタイ人らしいいい加減な修復が目立つ。美術的に価値の高い「まぐさ石」や仏像などは、隣の国立博物館に置かれている。
ピマーイ遺跡は、赤い砂岩の壁で二重に囲まれていて、遺跡の外側の壁と通路は、東西南北の4つの主要なポイントをゴプラ(ヒンドゥー教寺院の山門)によって区切られています。遺跡は、南南西を向いて作られていて、それは225km先にあるアンコールワットの遺跡の方角であり、南門からアンコールワットまで古代の道路があった。

まぐさ石
英名はリンテル(lintel)。古代の建築で2つの支柱の上に水平に渡されたブロックのこと。「まぐさ(目草、楣)」も「リンテル」も窓や出入り口などの上に水平に渡した構造を指し、上部の重量を支える役目を持つ。古代の建築では、石を積み上げた柱の上にまぐさ石が置かれていた。ただし、比較的新しい建築では、純粋に装飾としてまぐさ石を使い、構造上の機能を持たせていないことが多い。砂岩を彫った彫刻は、作られた時期によって宗教的にかなり違っているようだ。
では、写真です。

モーチット2バスターミナル。イサーンへの玄関口。ナコンラチャシマに住むナットちゃんから携帯で電波誘導してもらっていた。「17番か21番でVIPバスの切符を買いなさい」と。「英語表示があるから心配ない」と言っていたが、殆ど英語なんかなかったぞ。でも、電波誘導のお陰で迷いもなく切符を買えました。

これがコラート行きVIPバス。ナットが「あんたの乗るバスは何色?」と聞くので、「青色」と答えると、「よし、それでオッケー。乗員が何か聞いてきたら、「モーコーソーマイ」って答えるのよ。」はいはい、分かりました。「モーコーソーマイ」とは、新バスターミナルのこと。

遺跡には関係ないけど、バスターミナルにいた出産直前の犬。 タイでは犬が鎖で繋がれることはない。首輪もあまりしないので、野良犬と飼い犬の区別がつかないが、町中にいる犬は必ず誰かが面倒を見ている。まだ狂犬病が残っているので噛まれると怖いが、いきなり触らない限り噛まれることはない。タイの犬は、人と同じく、いつも穏やかでのんびりしている。歩道だろうが、公園だろうが、好き勝手な所で堂々と寝ているので、踏んづけそうになるときがある。

着きました。コラートのバスターミナル。モーコーソーマイ。

コラートで有名なスラナリー像。地元では、ヤー・モーと呼ばれ市民に親しまれている。ラマ3世が統治していた時代、彼女はコラートの副知事の妻だったが、Vientiane(ラオスの首都)のAnuwong王子に率いられたラオス軍の侵略を受け住民共々一時捕虜になってしまった時、彼女は機転を利かせて敵軍にお酒振る舞い酔わせてから、逆襲して敵軍を追い散らし、町を救った。この像の前は、願い事を祈っているコラート市民でいつも賑わっている。

地元の女の子が売っていたバナナの葉で作ったバッタのおもちゃ。

気持ちのいい夕方。月も出たのでホテルに帰ろう。

これはピマーイ遺跡じゃなくて、先史時代の墳墓遺跡「バーン・プラサート」。紀元前3,000年から600年までの農村の遺跡。

この土器は、日本の弥生時代の土器に似ている。



体格は現代のタイ人と比べて小さくない。
ここからがピマーイ





狛犬と7つの頭を持つナーガ


このナーガはリレーフでオリジナルではない。


これはオリジナルのナーガ。でも顔が削り取られている。

やっぱりカメラ小僧がパチパチやってた。僕もその一人。
これが「まぐさ石」


風化しているが、非常に細かい彫刻が刻まれている柱。






これがピマーイ遺跡の中心。木の前に小さく写っているのがナット。












どこか修復が間違っているような。






彫刻がない石は多分現代の修復箇所










遺跡の片隅には、修復されていない瓦礫の山が。よく見ると立派な彫刻も残っている。お持ち帰り自由(うそ)。









見る角度により、ナーガがよく見える。

ピマーイ遺跡はこれで終わり。

ここは、ピマーイ遺跡のすぐ近くにあるサイ・ンガーム公園。枝と葉が自然に相互に絡み合った、たくさんのベンガル菩提樹があります。350年以上の年代を経た古木もあり、神木として奉られている。

この中は、まるでマングローブ林の中のよう。女性のための仏様がいる。

小魚を放流して幸運を祈る家族。綺麗で優しそうなお母さんでした。

池には大きな魚がうようよ。
ここからは、パノム・ワン遺跡。
シバ神が崇拝されていた西暦10~11世紀頃に建てられました。












おつかれのナット。一日歩きっぱなしだったからね。
ピマーイ遺跡より規模は小さく、訪れるひともわずか。僕は、このパノン・ワン遺跡がお気に入り。
長くなったので、「まぐさ石」は別ページに。
